センチメンタル・ファンファーレ

「ごめん。新幹線だから、そんなに時間ないんだ」

足手まといの私は、促されてようやく紙袋を差し出した。

「ごめんなさい。ちゃんとしたの買ってる暇なくて」

川奈さんは紙袋を開いて、不恰好にラップに包まれたマドレーヌを見た。

「もしかして、弥哉ちゃんが作ったの?」

「たいしたものじゃないの。ホットケーキミックス混ぜただけだし、見た目も悪いし、保存料とか入ってないから日持ちもしないし」

「わかった。冷蔵庫に入れておく」

「無理に食べなくていいの。お腹壊したら良くないから。それは……ただの口実」

時間がない。
それは、勇気を出す理由になる。

「『頑張って』って言ってもいい? 川奈さんより全然頑張ってない私に言われて、嫌な気持ちにならない?」

「まさか。嬉しいよ。つまり『応援してる』ってことでしょ?」

本当に嬉しそうに笑う川奈さんを見たら、ボロッと涙が落ちた。
手で押さえてもおさまらない量の涙が、廊下にポタポタ落ちる。

「わわわ! ちょっと、弥哉ちゃん! どうしよう」

慌てた川奈さんに手を引かれ、玄関の中に入った。
ボロボロボロボロ、塊みたいな涙を両袖で押さえ込む。

スーツケースを投げ出した川奈さんは、急いでリビングに走り、つぶれたティッシュ箱を持ってきた。

「白取さんとは本当に何でもないの。あの人が面白がって変なこと言ってるだけ。それなのに、大事な対局前なのに、嫌な気持ちにさせてごめんなさい。足を引っ張るばっかりでごめんなさい。無理ってわかってるけど、本当は何かの役に立ちたいの。でもできることが何もないの。今日だって、用事は一秒で済ませるつもりだったのに、こんなに時間かかっちゃって。本当はこんなことも言うつもりじゃなかったんだけど……私、さっきから何言ってるんだろ?」

両目と鼻にティッシュを往復させているせいで、川奈さんがどんな反応をしているのかわからない。
けれど、狭い玄関で触れそうなほど近いところにいてくれる。
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