センチメンタル・ファンファーレ
川奈さんと別れて、私はちなちゃんに尻を蹴られながら準備をして実家に戻った。
その一時間ほど後、同じように帰省してきたお兄ちゃんが、眉間に深い皺を寄せてスマホ画面を見ながら言ったのだ。
『弥哉。おまえ、川奈と何があった?』
エレベーターホールでのことを思い出し、私はしどろもどろになって、言い訳のひとつもひねり出せなかった。
ところが、どら焼きを飲み下したちなちゃんが、
『弥哉がね、出掛けに川奈くんのところ行ったきり帰って来なかったのよ。おかげでこっちは予定の電車より一本遅れちゃった。一本前のだと乗り継ぎが簡単だったのにさ。ギリギリアウトの時間まで、ふたりでいったい何してたんだろうねええええ?』
と、問題のある言い方で暴露したのだった。
『あらあら、弥哉に新しい彼氏?』
『いや、あの、』
『そうなの。今度連れてくる』
『川奈なんか連れて来なくていい!』
『へえ~! どんな人? どんな人?』
『望の友達でプロ棋士なんだけど、私たちと同じマンションに住んでるの。なんていうか……普通の人だよ』
『あれは“普通”じゃねーよ』
『あら、ちょうどよかった。あちこちからみかん二箱ももらっちゃってね、その川奈くんにも持っていきなさいよ。食べても食べても減らなくて』
『みかんとイチゴとレモンって、結局どれが一番ビタミンC豊富なの?』
人の話を聞かないのは血筋なのか、私を置いてどんどん話題は展開していく。
なし崩し的に川奈さんが今日棋戦優勝を争うことも、それがネット中継されることも、親戚一同に筒抜けとなった。
おかげさまで「うちのパソコン使っていいから、観れるようにして」とお許しが出て、お兄ちゃんがテレビ画面で中継が観られるようにセッティングしてくれたのだった。
「なんで俺が川奈のために!」と文句を言いながらも、インストールしたり配線を繋いだりするお兄ちゃんには、仏壇の前より念入りに手を合わせた。