センチメンタル・ファンファーレ

「どうなってる?」

なんとなくみんな川奈さんの結果を待っていて、隣のリビングにあるテレビをちょこちょこ覗いていた。

「そろそろお昼休憩が終わるところみたい」

振り駒で先手は市川竜王に決まったようで、戦型は竜王お得意の相掛かり。
川奈さんの手番のまま休憩に入ったらしい。
すでに盤の前に戻っている川奈さんは、腕組みして盤を見ている。

『うーーーーん、そっか。……はあ』

市川竜王が離席しているせいか、そんな呟きも遠慮なく漏れていた。

「ねえ、お兄ちゃん。形勢悪いの?」

ずっと不機嫌なお兄ちゃんは、それでも「まだ互角だよ、一応な」と答える。

「お兄ちゃん。川奈さん、何か言ってたでしょ? 何て言ってたの?」

昨日からお兄ちゃんのスマホが時々震える。
が、画面を見たお兄ちゃんは嫌な顔をするだけで返信もせずしまっていた。
川奈さんじゃないかと、お兄ちゃんの入浴中にこっそりスマホを開こうとしたけれど、ご丁寧にロックしてやがった。

「知らねえ」

「じゃあ川奈さんの連絡先教えて」

「嫌だ」

時間がなさすぎて連絡先さえ聞けないまま別れた。
あのときエレベーターを降りたなら、キスするよりも連絡先を交換するべきだったと思う。
後悔はしていないけれど不便だ。

『普通こんなところに玉はいないんですけどねえ』

『ふふふ、怖いですよね』

大盤解説を担当しているのは小多田さんだった。
終始にこやかなトークで会場全体が明るいムードに溢れている。
本当に何をやらせてもデキる人だ。

「小多田さん、危ないって言ってるよ? 何が危ないの?」

玉は基本的に自陣(自分の側から三段目以内)に置くことが多い。
川奈さんの玉はそこから浮いて、今四段目にいた。

「中段(四段目~六段目)にいる玉は寄せられにくい(負けにくい)けど、それは中段でちゃんと囲ってたり、敵陣に成駒が複数できてたり、いろいろ条件が必要で難しいんだ。あんな丸裸で戦場に近づくバカなことは普通しない。桂馬一枚相手に渡れば即投了だ」

お兄ちゃんが言うように、川奈さんの守り駒は後ろに控えていて、王様はたったひとりで敵前にいる。
ちょっと突っつかれたら、すぐに倒れそう。

「即投了……」

「『普通は危ない』けど、川奈にはよくあることだよ」

「じゃあ大丈夫なの?」

「危ない橋をギリギリ渡り切る」

「よかった~」

「……か、見られないほどボロ負けする」

「………………」
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