消えかけの灯火 ー 5日間の運命 ー
「よいな。“救世主”に、耳を傾けるんじゃ。」
念入りにそう言った婆さんは、差し出した俺の右手を両手でぎゅっと握りしめた。
まるで、大切なものを、宝物でも包み込むかのように。
温かいその婆さんの手に、俺はどこか心地よさを感じてしまっていた。
怪しげな魔女のような見た目とは違って優しく握るその婆さんの手を、俺は何故か振り払うことができなかった。
普段なら絶対、一瞬で振り払っているような場面なのに。
そして婆さんは目を瞑り、俺の手を握りしめたままその手を自分の顔に近づけ、思いを込めるように、願うように、ボソッと、こう呟いたんだ。
「…………生きれ。」
掠れた声に、どことなく哀しく、切ない表情。
俺はその言葉の意味を、この時はまだ、ちゃんと理解出来ていなかった。
「うむ。じゃあな通りすがりの若者よ。気をつけて帰るんじゃぞ」
そう言ってスルッと俺から手を離すと、婆さんは何事も無かったかのように、ヒビの入った水晶玉を薄いタオルで拭き始めた。
「…………お、う。」
不審な点と疑問は数多く残るものの、俺は婆さんに背を向け、ゆっくりとその場を立ち去った。
……なんだったんだ?あの婆さん。
最初魔女かと思ったし。
でも、本当に金取られなかった……。
まじで厚意だったってことか?
いやいや、まずあの婆さんが言ってた事が本当だとは限らねぇし。
ふつーに怪しいし!!
……でもなんか、不思議な気分だ。
俺の思っていることとか、考えていることが完全に読めているみたいだった……。
まぐれか?いや、それにしてはまぐれすぎ?
う〜ん……、考えれば考えるほどよくわからなくなってきた……。
はぁ、コンビニで弁当でも買って帰ろ。
俺は婆さんに握られた右の手のひらを見ながら、さっきの事を思い出していた。
『生きれ』…………か。
……でも俺には、生きている資格なんて無いんだ。
死ぬ運命にあって当然なんだ。
俺なんか本当は、こんな平凡に生きていてはいけない。
本当に死ぬ運命が明日から始まるんなら、俺は……その運命を受け入れる。