きみこえ
バレンタイン if Chocolat Noir


 今日は二月十四日。
 普段と変わらない平日だけど、普通じゃない、特別な一日だ。
 ほのかもこの日の為に、いつもお世話になっている皆にチョコを用意していた。
 しかし、放課後になってもほのかは冬真にだけまだチョコを渡せていなかった。
 と言うのも、彼らは尋常ではない位モテる。
 朝から夕方までチョコを渡すだけなのに長蛇の列が出来る程だ。
 なんとか陽太と時雨にはチョコを渡す事が出来たが、冬真に渡そうとした時にはすでに放課後になっていた。
 放課後になる前、最後のチャンスと思い、ほのかは冬真にチョコを渡そうとするも、チャイムが鳴ると冬真は物凄い勢いで教室を出た。
 勿論、チョコを渡そうとしてくる女子から逃げるためだった。
 気が付くと冬真は校庭を走り抜け、裏門に向かっているのが窓から見えた。
 だが、ここで簡単に諦めるほのかではなかった。
 ほのかはカバンを背負うと急いで冬真を追った。
 冬真は陽太と比べれば足の速さは普通だったので容易にすぐ近くまで追い付く事が出来た。
 ただ、問題はどうやって渡すかだった。
 冬真は学校でも頑なに女子生徒からのチョコを受け取ろうとしなかった。
 きっと、一筋縄ではいかない、ほのかはそう覚悟し、冬真の後をつけた。
 ところが、なかなか渡す勇気が出ずにいる内に、ほのかは冬真の家の前までついてきてしまった。

「ちょっと・・・・・・、何やってるの?」

 冬真は玄関を開けようとした手を止め、ほのかに向かってそう言った。
 実の所、冬真は大分前からほのかが後をつけてきているのに気が付いていた。
 その様はまさにストーカーの様だったが、敢えて声を掛けることをしなかった。
 理由はその様子が面白く、不覚にも可愛く思ってしまったが、ほのかには言わずにいようと思った。

【あの・・・・・・】

 ほのかはなんと切り出していいか分からず、更にスケッチブックをめくる。

【その・・・・・・】

「はあ・・・・・・」

 冬真は話が進まないほのかの様子を見かねて溜め息をついた。

「取り敢えず、中に入れば? お茶くらいはご馳走するよ」

 冬真が そう言って玄関の扉を大きく開くとほのかは頷き、恐る恐る家に入った。
 中は静かで家族はまだ帰ってきていないようだった。
 リビングに通されるとほのかはソファに座るよう促され、素直に従った。


「で? 俺に何か用だった?」

 冬真は紅茶の入ったカップをほのかの前に置くとそう言った。

【今日はバレンタインなので、チョコをもらって欲しくて】

 冬真はやはりか、と思った。
 すぐに要らないと言おうとして、ほのかの少し赤くなった顔と、スケッチブックの持つ手が震えているのを見て、また溜め息をついた。

「せっかくだけれど、俺は甘い物が苦手なんだ」

【ちゃんと苦目のチョコにしたよ】

「苦目でも甘いのは変わらないだろ」

【ちゃんと少な目にしたよ】

 ほのかは更に食い下がった。

「悪いけど・・・・・・本当に苦手なんだ」

 冬真が本当に辛そうな顔をしてそう言うのを見て、ほのかはやっと諦めた。

【じゃあ勿体ないから自分で食べる】

 ほのかは紅茶のお供にチョコを食べようとした。
 丁寧にラッピングしたリボンや包装紙を取ると箱の中には一口か二口かで食べられる小さなハート型のチョコレートが入っていた。
 ほのかは一生懸命チョコを作ったり、苦労してラッピングした事を思い出し、目に涙が浮かんだ。
 ほのかがチョコを摘み、端の方を少し(くわ)えたところで、自分の目の前に影が出来ている事に気が付いた。
 その影の正体は冬真だった。
 冬真はほのかのチョコを持つ手を掴むとほのかの顔に近づいて言った。

「やっぱり一口だけ貰っておく」

 ソファの上に片膝をのせ、ソファの軋む音がする。
 冬真はほのかの咥えるチョコの反対側を咥えた。
 もう少しで互いの唇が触れてしまいそうな距離に冬真の顔があり、ほのかは身動きも取れなければ思考も停止し、心臓は爆発寸前だった。
 冬真はチョコを咥えたまま丁度半分のところで噛むとパキリとチョコの小気味よく割れる音がした。
 そして、ほのかから離れると親指でチョコを口に押し込んだ。

「ごちそーさま」

 ほのかは顔を真っ赤にさせながらチョコを口に咥えたまま放心していた。
 口の中のチョコレートはブラックチョコの筈なのにとても甘く感じられ、チョコレートなんかよりも自分の方が先に溶けてしまいそうだとほのかはそう思った。
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