【完】いいから逃げちゃおうよ
「由紀、泣いてる」
「泣いてない」
「……由紀」
圭太の低くて優しくて甘い声。
とても好きだったその声が私の名前を、
低く優しく甘く呼ぶ。
私の涙を加速させるのに、それはそれは十分だった。
「由紀を1日だけ、俺にちょーだい」
親指で私の涙を掬った慶太の目は、
どこか妖しげに、光っていた。
そんな誘い、のっていいはずない。
私には、結婚の約束をしている人がいるのに。
目の前に圭太がいると、好きだって叫び出す心から、目を背けて、私は首を横に振った。