妻恋婚~御曹司は愛する手段を選ばない~
「あら? 大和ちゃんから何も聞いてない? 実はね、自宅ではもう教えていないのよ」
「……えっ。そうだったんですか? 兄からはなにも聞いてないです。知っていたなら教えてくれてもよかったのに」
ムッと顔をしかめると、晶子先生はふふっと品良く笑った。
「私も話してくれるだろうって勝手に思い込んでいたわ。ここには来づらいだろうけど、教室の方ならもしかして顔を見せてくれるかもなんて期待して待ってたのに」
私も晶子さんの不満の言葉に笑みを浮かべながらも、自然と足は玄関のそばにあるドアへと向かっていく。
開いているドアから部屋を覗き込み、懐かしさに表情を緩めた。
「変わってないですね」
広々とした部屋の中央にグランドピアノが置かれている。光沢を放つピアノをはじめ、長テーブルに椅子がふたつ。壁際には教材や楽譜などがしまわれた棚。
この部屋で私は晶子先生にピアノを習っていた。今は子供達が懸命に奏でる音が響かなくなったとしても、室内に漂う神聖な雰囲気は健在だ。
「お夕飯は食べていけないのよね?」
「すみません。叔父と約束してしまったので」
「タイミングが悪かったわ。本当に残念ね」
切なげな表情でため息を吐いた晶子先生から自分の足元へ、私は視線を落とした。