妻恋婚~御曹司は愛する手段を選ばない~
子供の頃、ピアノのレッスンが終わったあと、おやつを食べて行ってちょうだいとよくマドレーヌをいただいたのだ。
時にはリビングで恭介君や遊びに来ていた兄と三人で食べたりもして、美味しいひと時は素敵な思い出として私の中に残っている。
もちろん呼び出された理由はそれだけでないとわかっている。
少し改まった声で「話したいこともあって」と言われたため、むしろそっちが本題だろう。
椅子に腰掛けて、そっと鍵盤蓋を上げる。
ピアノと向き合い自然と背筋が伸びる中、指先にまで神経を行き渡らせるように両手を三回ぎゅっと握りしめた。
短く息を吐き、ゆっくりと手を伸ばす。指先がひんやりとした鍵盤に触れ、私は軽く目を閉じた。
奏でるのは、甘くゆったりと流れる旋律が心地良い私の大好きな曲。
切っ掛けは恭介君。彼が中学生で私がまだ小学生だった頃のこと。
彼の指先から紡がれるメロディの美麗さに衝撃を受け、また鍵盤に指を走らせるその姿の格好良さにも心が震えた。
彼のように上手く弾けるようになりたくて、一生懸命練習したのをよく覚えている。
戸口の方でカタリと音が鳴り、途端集中が途切れた。
「勝手に弾いて、ごめんなさい!」