雪降る夜は君に会いたい

お誘いと信念

「久しぶり、磐石君」

 社員食堂の隅っこでいつも一人で食べていると、ドラマのように喉を詰まらせるような出来事があるんだと実感する。これも雪実といつも観ている昔のトレンディドラマの影響なのだろうか。
 さっさと昼食を済ませてロッカールームで昼休みの残りを過ごすのが日課である俺は、味わうこともなく食べていた。
 そこに愛しの天野さんが声を掛けてきたものだから、慌てて飲み込むのも時間が必要だった。
 急いで水を飲むもこれ以上慌てると咳き込んで鼻から米が飛んでいくという百年の恋も冷めそうな展開になりうるが、百年分の恋をしてるのは俺の方であって俺が鼻から米を飛ばそうが飛ばすまいが天野さんが冷める恋には影響がない。

「もごもごもご!」
「ゆっくり食べてからでいいから」

 言いながら向い側に座って天野さんも昼食を食べだした。

「いつもこの時間に食べてるの?」
「うん。皆とずらした方が効率が良くて」

 業務上、手待ち時間の事を考えると休憩時間をずらす方が良い部署に配属されている為だったが、俺としてはその方が賑やかな昼休みより静かに孤独で過ごせるからだ。

「だからかぁ、あれから探してたのに全然見つからないんだもん。帰りも会えないし……」
「最近残業だったからね」
「そっか。一ヶ月近くも見てないから避けられてるのかと思っってた……」

 なに? 俺が天野さんを避ける理由がない! 逆に俺も会いたかったよ。というより俺に会いたかったという意味に聞こえるんだけどどうなの? ここで勘違いして独り相撲してしまったら間抜けな横綱相撲になってしまうではないか。

「どどどどどどどど、どうして俺が避けなきゃいけないんだよ」

 フッ。普通に言えたぜ。

「だってぇ、コスプレなんかしてハロウィンになんか行ってたし……」
「……」

 俺は何も答えることが出来なかった。この無言は天野さんにとってダメージがあったのだろう、そのまま二人は会話も無く昼食を食べた。
 食べながら俺は悩んだ。かなり悩んだ。水浴びでもしてきたのかと言わんばかりの汗が噴き出しているだろうというくらい悩んだ。
 天野さんのコスプレ。あの時は咄嗟に似合ってるとは言ったけど、似合ってるどころじゃないんだ。まるで二次元から飛び出してきたような完成度だったではないか! と伝えたかった。そのチャンスが目の前にあるのだが、それを伝えることによって俺に対する印象が大きく変わってくるのだ。
 諸刃の剣。カッコイイ響きだがここはヲタクの俺にも使わせてもらいたい。
 天野さんのコスプレは良かった。それはあの魔法少女推しのフィルターが掛かってる俺の贔屓を差し引いても良かった。ただ、一つ言わせてもらうなら……。
< 15 / 17 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop