雪降る夜は君に会いたい
「ただいまー」
「お帰りお兄ちゃん! 寂しかったよぉ」

 仕事から帰るなり抱きついて出迎えてくれる。あぁこれが同棲の醍醐味だなと浸ってしまいそうになるが慌てて雪実を引き離す。

「寂しいと言いながらレンタルDVDが散らばっているのは気のせいか?」
「えへへ」

 ペロっと下を出してキッチンに食事の用意をしに行った。
 先に風呂を済ませてから食事をしたのだが、これが期待をしてなかったのにやけに美味しく素直に驚いてしまった。

「天野さんと喋れた?」
「偶然会わないと喋らないからな。まだ」

 昨夜のハロウィンで天野さんとの距離がグッと近づいたと勝手に思っていたが、かと言って偶然を装って待ち伏せして話が出来るほど度胸も策士でもない。

    ※

 結局あれから会えないまま日曜日が来て、俺は雪実の言われるがまま後ろを着いてショッピングに出掛けた。

「もう一度言うけどそれ、ヲタクのコスプレなんでしょ?」
「コスプレじゃなく、普段着だ」

 電車に揺られながら雪実は頭を抱えた。

「正気? よくそんな格好で今まで生息できたわね」

 俺には何がそんなにおかしいのか理解できないが、間違いなくヲタクのファッションセンスについて物申しているのだろう。しかしそれは大した問題ではなく、気にしないからヲタクという存在が成り立っているのだ。

「仕事にもそんな恰好で行ってるの?」
「いや、職場にはジャージで行ってる。スーパーの婦人服売り場の端にひっそり売ってるんじゃなくて、ちゃんとスポーツショップで買ったやつだからまるで趣味はスポーツみたいだろ?」
「あぁ、だから天野さんにはヲタクがバレていないのね」

 何に納得したのかわからないが頷きながらメモを取り出した。

「まずはそのボサボサの髪を切るけど、その格好で美容室に入る勇気あるのかしら?」
「全く言ってる意味がわからないんだが」
「その次に服買いに行くから」

 美容室の予約に始まって、色んな店を調べてくれたようだった。俺だと店を探す時点で面倒でギブアップしてしまいそうだ。アニメを観るとかなら全話一気に見たりするのに根気の使い方は人それぞれなんだと思ってしまう。
 目的の美容室に入って俺は散々雪実に言われた勇気の意味を知った。
 店内、多分あれが一般的なオシャレなんだろうと思える身なりの男性スタッフが一人いるだけで、後はお客含めて全員女性であった。
 ちょっとオシャレな床屋程度にしか思っていなかったのだが、カットを担当してくれた新人スタッフの生温かいトークによってなんとか生き長らえて店を出た。

「凄い汗ね」
「バラード一曲分だよ」
「いいよその髪型、似合ってる似合ってる。お兄ちゃんは肌が綺麗で太ってないから直ぐ脱ヲタできるわよ」
「俺はヲタクを辞める気は無いぞ」
「見た目の事言ってんの。お兄ちゃんのヲタ病は重症っぽいから期待してないわよ、って褒めてないから」

 ヲタクを認めてくれて嬉しそうな顔をした直後に制止された。
 その後何件か周ってようやく服を購入することに。しかしどれもこれも俺が今迄買ってたのより安く着やすいのはどういうことなのか。ラフな感じなのにだらけていない。自分で選んでいたらラフじゃなくニートな雰囲気になっていたのだろうか。
 靴も買い、拒否したのだが今日身に着けていた衣類は全て処分させられた。

「部屋にある衣類も全部捨てなさいよね」

 どうやら俺のセンスは全否定らしい。

「これで見た目は完璧だな」
「なんか違うのよねぇ、最後の砦って言うかほぼ完璧なんだけど完璧ではないというか……」
「まだなにか物足りないっていうのか?」

 二人立ち竦み腹が鳴る。どうやら空腹のペコリン度数は同じような数値を指していたようだ。
 ハンバーガーを食べながら今後のことを話し合った。

    ※
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