たとえ君が・・・

多香子は手術室に戻った。後片付けが残っている。

一瞬足がすくむその光景に小さく深呼吸をして多香子は作業を始めた。

ついさっきの光景が目に浮かぶ。

手術中に駆けつけた患者の夫が妻の名前を呼びながら泣き叫ぶ声が耳に残っている。

胎児もすでに呼吸はなく、患者も大量出血を起こして輸血をしてもしても出血が治まらず、心臓が再び動くことがなかった。

心臓マッサージや繰り返される電気ショックに、患者の夫は泣きながら「もういいです・・・。」と告げた声も鮮明に思い出す。

患者はずっと不妊治療に通っていた夫婦だった。人工授精の3回目でやっと授かった命。
喜びに涙する二人の姿も、検診のたびに目を細めながら一緒に成長を喜び合う夫婦の姿も、多香子と渉は見て来た。

「頑張ったな・・・よく・・・頑張ったな・・・」
そう言って患者の夫が患者の頭を撫で頬を寄せ合い涙する姿に、その場にいたスタッフ皆、みな目をそむけたくなった。