たとえ君が・・・
「おはようございます」
多香子は外来の診察室に入り先に部屋にいた渉に挨拶をした。
「昨日はごちそうさまでした。」
「いいえ。」
多香子は渉にそういうとすぐに診察の準備を始めた。

「失礼します。」
診察室に入ってきた患者の顔を見て渉は多香子の方を一瞬見た。
多香子もその患者をみてすぐに思い出す。
それは離婚が決まってから妊娠が発覚した女性だった。
「決めました。」
渉と多香子は患者に悟られないようにしながらも緊張する。
どんな決断だとしても自分たちは向き合わなくてはならない。

「ご主人には伝えられたんですか?」
「いいえ。でも決めたんです。やっぱりこの子は産めません。」
その言葉に多香子は小さく息を吐いた。
「そうですか。わかりました。堕胎手術は予約制です。予約をしていくつかの書類にサインをいただき、手術当日にお持ちください。全身麻酔で手術しますので、できれば公共の交通機関か、誰かに付き添いをお願いしてください。」
淡々と渉は話をした。
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