たとえ君が・・・
多香子は自分のお腹に手をあてた。
あの時、慶輔が触れていた自分のお腹には確かに命が宿っていた。
今は平らなまま。

守ることのできなかった命。

慶輔が今頃一緒にいてくれるかもしれない。

そんなことを考えながら多香子は新生児室を後にした。


ナースステーションに多香子が戻ろうとすると、何やら渉の声が聞こえてきた。
「命が生まれてうれしくて、失って悲しい。その感情があるからこの仕事をしているんじゃないですか?彼女も同じです。でも表現方法が違うだけだ。」
きっとまた自分の噂話をしていたであろう看護師たちに渉が話していた。
「患者さんが一番、命と向き合っているはずだ。私たちはその患者さんに寄り添い治療をしたり看護をすることが使命だと思っています。寄り添う立場の人間が患者以上に感情を表に出してどうします?この現場は喜びだけの場所ではない。それはここにいる誰よりも彼女は知っていると私は思います。」
多香子は大きく深呼吸をしてから歩き出した。
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