たとえ君が・・・
「はい・・・」
患者が電話に出て話始める。
「・・・その書類なら・・・リビングの引き出しに入ってるから・・・うん・・・」
相手は離婚を決めた旦那だと多香子は悟った。
患者は旦那の声に顔をゆがめて涙を流している。
「・・・うんん。・・・・大丈夫・・・」
多香子が患者の肩に再び手を置く。
患者は多香子をちらりと見た後で、手に握っているエコー写真を見た。
そしてギュッと胸に抱きしめる。
「あのね・・・聞いてほしいことがあるの・・・」
患者は自分が妊娠していること。これから堕胎手術をしようとしていることを告げて電話を切った。
電話を切ると患者は涙でぐしゃぐしゃな顔で笑顔を多香子に向けた。

自分のお腹に手をあてながら患者は多香子に言う。
「最後に、この子にパパの声を聞かせてあげたかった。この子の存在を私だけじゃなく、パパにも知ってもらいたかった。私たちを選んできてくれたのに・・・。パパの声も聞けないままお別れなんてかわいそうすぎるから。」
そう言って患者は携帯電話の電源を切った。
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