かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
ふと気が緩むと父のことを思い出しては涙が止まらなかった。だからこうして慌ただしくしているほうが返って気が紛れていいのかもしれない。

ひとりには慣れているはずなのに、叔父が北海道へ帰ると無性に孤独感に押しつぶされそうになってしまう。

父が経営していたパティスリー・ハナザワは、銀座の一等地にある“アリーチェ銀座”という大型商業施設内にある。元々別の場所で父が店を開業し、十年間営業してきた。アリーチェ銀座の大規模再開発が始まり、商業棟の完成後に移転した。その後、売り上げは上々でよくメディアでも紹介され、そこそこ名の知れた店になった。そんな父の店にコンサルタントとして自分にどんなアドバイスができるのか……という不安がちらつく。

「あー! もう! うじうじ考えててもしょうがないじゃない」

自分にそう言い聞かせるように声に出して気合いを入れる。

心機一転と背中まであった髪の毛も後ろで結べる長さを残してバッサリ切った。

よし!

さっとゴムで髪を束ね、胸の前でぐっと拳を握る。

今日は何年かぶりにK.Aコンサルティングファームへ挨拶がてら顔を出し、まずは上司である加賀美さんに会って、その後でパティスリー・ハナザワへ足を運ぶつもりだった。

辛気臭い顔で人に会うわけにはいかない。

私は身体に取り巻くモヤモヤを全部流してしまおうと、シャワールームへ向かった――。
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