かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
「まぁまぁ、パリでの活躍ぶりは俺のところにも届いてたぜ? 廃業カウントダウンの店をあっという間に立て直したとか、ちょっとアドバイスしたら売り上げが見違えるように変わったとか……。とにかくお疲れさん」

私の機嫌を損ねたと思ったのか、加賀美さんがわざと持ち上げるようなことを言ってニッと笑う。

加賀美さんだって、こういうところ全然変わってないね。

クライアントと会うときは、ピシッとスーツを着こなしてそれなりにかっこよく見えるというのに、今日は内勤なのかちょびちょびと無精ひげを生やして、煙草臭い。

「なんせ、花澤はうちのエースだからな、ほかのやつらにもお前が帰ってくるから負けないようにしっかりやれってケツ叩いてたとこだ。まぁ、座れよ」

偶然にも加賀美さんのデスクはちょうど目の前にあった。どかっと座ると彼は不在社員のデスクの椅子を引き寄せて私も座るように促した。

「親父さんのことは……残念だったな」

今までおちゃらけていたかと思えば、急に真面目な顔つきに変わる。そして、私の心中を察するように眉尻を下げた。

「粗方、片付きましたから……もう大丈夫ですよ、仕事はいつでもできます。なんなら今日からでも」

「そうか。まぁ、花澤にはこれから嫌ってほど仕事裁いてもらうつもりだからな、今のうちに休んどけ」

加賀美さんは根はいい人だ。親身になって話もちゃんと聞いてくれる。口は悪いけど。

「父の店のことなんですけど、叔父から電話で聞きました。父が亡くなってスタッフがどんどん離れていってるって、景気も上々だとばかり思ってましたが、実際は……テナント契約も危ういみたいです」

「テナント契約か、商業施設の場合はそうだろうな……」

加賀美さんは顎に手をやり、無精ひげを撫でながらデスクの一点を見つめていた。
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