かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
「実は僕の知り合いの父親がここの商業施設を建設したって聞いて、前から来てみたかったんだ。初めて来たんだけど店も多いし綺麗だし、いい所だね。それに君みたいな素敵な人にも出会えた。だからさっきはつい手を離したくなくて……ごめん」

そう言いつつも、特に悪びれた様子も見せず石野さんはにこりと笑う。最後の言葉は聞き流すとして、私は“知り合い”というところに反応して顔をあげた。

「石野さんは、長嶺さんのことを知ってるんですか?」

「ああ、昔のよしみだよ。ふぅん、なるほど、君が長嶺を知ってるってことは……さっきの当たりの半分は前者のほうだね」

ようやく答えがわかって無邪気にクスクス笑っている石野さんは意外と笑顔があどけない。

いくらなんでも私より年下ってことはないよね?

「そうです。長嶺さんはここの施設の開発運営管理部長で私のクライアントの最高責任者みたいなもので――」

「へぇ、あいつ、親の会社で今も腰を据えてるってわけか」

石野さんの冷めたような口調に言葉が途切れる。ドキリとして彼に向き直ると、何事もなかったかのような表情で彼は私を見つめていた。

「長嶺さんとはどういったご関係だったんですか?」

「昔、同じ会社で仕事をしていた同期なんだよ。長嶺のほうが先に仕事を辞めたけど」

「え? 同じ会社? じゃあ、石野さんもパリで?」

長嶺さんのことになるとポンポン言葉が出てくる。まるで、まだ自分の知らない彼のことを探し求めているみたいだ。
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