かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
「長嶺と一緒にパリで仕事をしていたのは一年だけ、コンテストで最優秀賞をとった後、独立しようと思って僕も会社を辞めたんだよ。ところで……」

石野さんが頬杖をついて身体ごと私のほうへ向けて改まる。

「あいつがパリで仕事をしていたことを知ってるなんて意外だな。長嶺はそんなにお喋りなほうじゃないのに……君は彼のことをよく知ってるみたいだけど?」

まずい。墓穴を掘った。

石野さんは長嶺さんが過去のことを話したがらないことを知っているんだ。それを私が知ってるとなると、親密な関係だと思われても仕方がない。

「はは~ん、わかった。君の彼氏かな?」

「彼氏、というか……婚約者です」

これは牽制のつもりだった。なんとなくじわじわと私の心の中へ入り込んで来ようとしている気がして、私はそう答えた。すると、石野さんは驚いたように軽く目を見開いた。

「驚いたな……君、長嶺と結婚するの?」

「はい」

その確かな返事に、石野さんは天井を仰いで片手で目元を覆った。そして、クツクツと笑った後、気が済んだのか大きく息をついてから私のほうへ向き直った。

「長嶺のやつ、『俺の結婚相手は仕事だ』なんて言ってたくせに、はは、変わったな。でも、僕も君には興味がある。婚約者だったとしても、こうして話しをするくらいはいいよね?」

肩と肩が触れそうなくらいに距離を縮められ、私は咄嗟に手元が狂って目の前のマティーニをひと息で飲み干してしまった。
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