かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません

はぁ、終わった。

パソコンの電源を落とし、壁に掛けられた時計を見るとすでに終業時間を過ぎていた。

部屋、片付けなきゃ……。

私は、長嶺さんが出張から帰ってくる前にマンションを出て行くつもりにしていた。
彼の作った料理を一緒に食べた部屋、笑いながら映画鑑賞をした部屋、熱い身体を重ね合った部屋……すでにたくさんの思い出が詰まった場所にいつまでもいられない。切なくて悲しくて息が詰まりそうだった。

デスクの上を綺麗にしてからオフィスを後にする。

会社を出ると乾燥した冷たい空気が頬を撫で、唇から漏れる息は白い。

さむっ……。

ぎゅっとマフラーを首元に引き寄せたそのときだった。

「花澤さん、お疲れ様。ああ、やっと出てきた」

明るく声をかけられて顔をあげると、満面の笑みで手を振る石野さんが目の前に立っていた。

「え？　どうして私の会社が……」

彼に名刺を渡した覚えはない。石野さんに会った夜は酔っていたけれどちゃんと記憶はある。

「ネットワークだよ。君のこと、ずっと気になってたんだ。だから、ちょっと調べちゃった」

「そうですか……」