かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
「それに、俺もこのサロンのVIP会員なんだ。招待されてなくても出入りくらいは自由にできる」

「ふん、なるほど。ああ、そうそう、ちょうど今お前のパリ時代の話で盛り上がってたんだよ。花澤さんの店を潰したのはお前だってね、それで彼女傷ついちゃってさ……僕が慰めてるところだったんだ」

「なっ……!?」

危うく叫びそうになって私は咄嗟に喉を絞った。

一瞬、長嶺さんの顔色が変わった。けれどすぐに元の表情に戻りきつく唇を結んだ。

「違います。別に慰めてもらってるつもりもないし、傷ついてなんかいません。いい加減なこと言わないでください」

いつまでも肩を抱かれていることに気がついて、私はさっと石野さんの手を振り払った。そして、腰を浮かせて長嶺さんのところへ行こうとしたとき、後ろからぐっと腕を掴まれて再びソファへ引き戻された。

「石野、俺が冷静なうちに彼女を返せ」

「お前はずるいよ、いつだってそうだ。花澤氏の店を潰したって、どうして彼女に隠してた? 嫌われるのが怖かったか?」

石野さんの挑発に長嶺さんは拳を握りしめ、表情をますます硬くした。これでは過去の傷口に塩をぬっているようなものだ。長嶺さんの苦しそうな顔を見ていられなくなる。

「長嶺、彼女を返してほしかったら、そうだな……今、僕の目の前で跪けよ。お前のプライドとやらを捨てれば簡単だろ?」

「石野さん、ちょっと何言って――」

「お前は黙ってそこで見てろ。傑作じゃないか、あの長嶺が跪くところなんてそう見られるもんじゃない」
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