かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
私がバッグから手帳を取り出すと、恭子さんはうーん、と考えた後言った。

「いつでもいいわよ、午前でも午後でも。こういっちゃなんだけど、先代が亡くなってから客足が遠のいてしまって……時間だけはあるっていうか」

時間があるのは繁盛していない証拠だ。早速仕事が始められそうなのは嬉しいけれど、なんだか虚しい。

「では、明日十三時でいかがですか?」

「わかったわ」

十三時にヒアリング、と……よし!

帰国後に初の仕事の予定を手帳に書き込む。顔をあげると、厨房の奥でまだ喋ってるのかと、アシスタントがちらちらとこちらを見ていた。

「じゃあ、明日からよろしくね」

恭子さんが厨房に戻った後、しばらく店の前で様子を見ていると、向こうからは死角になっているカウンターの奥からひそひそとスタッフの声が聞こえてきて、思わず耳を傾けた。

「ねぇねぇ、先代の娘さん見た?」

「見た見た、今、恭子さんと話してた人でしょ? うちの店を立て直してくれるコンサルタントなんだよね? 聞こえちゃったけど」

「正直不安だなぁ……あんな若い子に本当にこの店任せられるの? これ以上赤字が続いたらうちの店、いよいよヤバいんでしょ?」

「コンサルタントっていっても、たぶん新人じゃ立て直すの難しいかもねー」

聞えよがしの会話じゃないのはわかっている。けど、スタッフの陰口は私の胸にグサリと突き刺さった。

うぅ、新人じゃないんですけど? もう四年目なんですけど?

今のことは聞かなかったことにして私は踵を返すと、とにかく店を離れようと歩き出した。
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