かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
「それに、スーツ姿もグッときた。君のビジネスシーンを見るのは初めてだったからな」

「グッときたって……長嶺さんの会社の女性社員はスーツ着用じゃないんですか?」

照れ隠しにそう言葉を返すと、長嶺さんがチラッと横目で私を見て、クスッと笑った。

「グッときたって言うのは裏を返せばそそられたってことだ。けど、うちの女性社員がスーツを着ているからって、いちいちそんなふうに思ってたら変態だろ? だから、それだけ君は俺の特別ってことだ」

“妻”の次は“特別”ときた。こんなことで心を揺さぶられるなんて……いや、揺すぶられてなんかいない。ちょっと困惑しただけだ。

「あの、先に言っておきますけど私が長嶺さんと同居するのは職場に近いからで、それに店からすぐに直帰することもできるし――」

「君と一緒に暮らせるなら、理由はなんだっていいさ」

自分がなんだか苦し紛れの言い訳をしているようで恥ずかしい。長嶺さんは長嶺さんで楽しそうに笑っている。その表情を見ていると、不思議と胸が熱くなってうずうずする。

「なに? どうした?」

「えっ? い、いえ、なんでもないです……」

無意識に彼の横顔を見入ってることに気がついて、私はパッと視線を下に落とした。

職場に近いからって言ってるのに……もう、長嶺さんちゃんと私の言いたいことわかってるのかな?

ホテルに戻るときに通った道に出て、しばらく行くと再びアリーチェ銀座に帰ってきた。照明の消えた商業棟の裏手に周り、車は住居棟の立体駐車場の出入り口へ吸い込まれていった――。
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