かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
「まぁ、キャッシュカードを入れたままの財布を盗られなくてよかったな」

ひとりで帰るつもりだったけれど、彼が『夜道は危ないから家の近くまで送る』と言い出し、今こうして大通りをふたりで並んで歩いている。

「ええ、私もすりを警戒してバッグを持ち歩かないときは小銭だけポケットに入れてるんです。けど、その小銭入れさえも盗られちゃいましたけどね」

七年住んでいてすりは初めての体験だった。

右も左もわからなかった異国での生活一年目は、人を見たら泥棒と思うくらいに警戒していたというのに、七年も月日が経つとこうも気が緩んでしまうのか、と反省する。

だから、この人も甘い顔して実は……送り狼だったりして?

「このあたりでもう大丈夫です。ありがとうございました」

アパートがある道に出たところで私がぺこりと頭を下げて言うと、彼が困ったような顔をした。

「なんだ、もしかして俺が送り狼なんじゃないかって警戒してるのか?」

ギクリ。

まるで私の顔にそう書いてある。と言わんばかりに胸の内が見透かされて言葉に詰まる。

「俺はその辺の野暮な連中とは違う。“紳士”だからな。君が嫌がることはしない。けど、ここでいいって言うなら……ちゃんと家に着くまで気をつけろよ?」

「はい」

「あ、カフェに行く約束もちゃんと覚えてるか?」

「ええ、覚えてますよ。今度があれば、ですけど……」

「連絡先を教えて」なんて私から聞けるほど、この人と仲良くなったつもりはない。だからと言って尋ねられても少し困る事情がある。
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