かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
「さっきの君の話を聞いて思ったんだが……売り上げを巻き返す方法を考えてるって言ってただろ?」

「はい」

「今、店に並んでいるものはすべて一寸たがわぬ先代のレシピだ。それなのに客足が遠のいてるのはなぜだと思う?」

実のところ、私も長嶺さんとまったく同じことを考えていた。父が亡くなったからといって、商品の味が変わるわけじゃない。けど、どうして売り上げが下がっているのかわからなかった。

「……わかりません」

いくら時間をかけても答えが見つからないのでは考えていてもしょうがない。私が正直に言うと、彼は空を見上げた。

「疑心暗鬼になってるんだ」

「え?」

「本当に先代の味なのか、今まで通りなのか、わからないから手を出さない。それにこだわりもある。けど、店がその顧客たちに「味は変わりません」って言って回って浸透するのにどれだけ時間がかかると思う?」

それは思いもよらない答えだった。不意に長嶺さんに目を向けられてたじろぐ。

そうか、私……自分のことばかり考えてた。お客さんの立場になって考えたら……もしかしたら私も同じように思うかもしれない。

「父はどうしてアリーチェ銀座に店を出すことを考えたんでしょうか……」

いまさらな質問をぽつりと長嶺さんに呟いてみる。

「まぁ、商業施設なんてある意味テーマパークみたいなもんだ。父上は確実に人が集まる場所だということを知って出店したと思う」

「けど、実際赤字じゃないですか。家賃だって高いの、わかってるはずなのに……」

父のやったことを否定したいわけじゃない。あまりにも現状が厳しくて、つい弱音を吐いているだけだ。今まで加賀美さんの前でさえ泣き言なんか言ったことがないのに、どういうわけか長嶺さんを前にすると弱い自分が抑えきれなくなる。
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