かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
「いいピンバッジだ」

「ありがとうございます……」

長嶺さんはたぶんこのピンバッジの意味を知らない。それなのに「いいピンバッジだ」と言われただけで、なんだかやる気が漲ってきた。

「長嶺さん、私……なんだかモヤモヤした霧の中からやっと抜け出せたみたいな気分です。ありがとうございます」

両頬を包み込まれながら自然と笑みがこぼれる。長嶺さんの導きによって解決の糸口をつかんだ気がした。すると、長嶺さんの顔がゆっくりと角度を変えながら近づいてきて、温かいものに唇を塞がれる。それが長嶺さんの唇だということに気づくまで数秒かかった。

「……んっ」

どうして、いきなり。混乱で固まった身体を引き寄せられる。

「芽衣」

溶けだしそうなほど甘い声で初めて名前を呼ばれる。

「それに君はひとりじゃない。店の仲間もいる。俺もいつだって君の味方だ。だからひとりで思い悩んだりするな」

私は昔から人に甘えたりするのが苦手だった。自分の弱さを知ると、自信がなくなる。それが怖くて闇雲にあがいていた。現に今、これから店をどうしていこうかという壁にぶち当たって悩んでいた。長嶺さんはまるでそんな私の胸の内をわかっていたかのようだった。

「あ……っ」
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