かりそめ婚ですが、一夜を共にしたら旦那様の愛妻欲が止まりません
「君だってまんざらでもない顔してたぞ?」

再び頬に手が伸びてきて、私はそれを交わすように身体を捩った。そんな私を長嶺さんがクスッと笑って、私の耳へ唇を寄せた。

「無理強いはしない。今はね、けど……今度は保証できない」

ゾクッと肌が粟立ち、背筋がピンと伸びる。

長嶺さんは紳士的で優しくて柔らかくて、そしていい人だ。けど、その中で強引で蠱惑的な毒を秘めている。実際、長嶺さんにキスをされたとき、本当に嫌だったら殴ってでも逃げられた。けどそうしなかったのは……。

あ~っ! 考えるのやめよう! とにかく、私は長嶺さんを好きになることなんてない! 一生!

私の中から長嶺さんのすべてを否定しようと、何度も頭を振って「そうじゃない」と自分に言い聞かせる。

「さて、あんまり長居していると身体が冷える。帰ろうか、俺たちの“愛の巣”へ」

あ、愛の巣……。

そんなふうに改めて言われるとなんだかむず痒い。そんな恥ずかしいこともしれっと言ってのける長嶺さんは、一体どこまで本気なのかわからない。

――君はひとりじゃない。店の仲間もいる。俺もいつだって君の味方だ。だからひとりで思い悩んだりするな。

ふと、先ほどの長嶺さんが私に言ってくれた言葉を思い返す。孤独に戦っているときだったからこそ胸にじんと響いた。彼の目はいたって真面目で今でも脳裏に焼きついている。

長嶺さんのことを好きになるかは別として、彼のことは信じたい……。

先にベンチから立ち上がった長嶺さんが向き直って、まだ座っている私へ手を差し伸べてきた。

あれ……?

彼の振り向き様、既視感が頭の中で一瞬過る。

前にも同じような光景をどこかで……?

「芽衣?」

名前を呼ばれ、ぼんやりと思い出せそうで思い出せないものがはじけ飛び我に返る。

「いえ、なんでもないです」

ふるふると首を振ると、当り前のように長嶺さんは再び私の手を取って歩き出した。

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