涙 のち 溺愛
「───帰ろう、青山。
ここに置いてあげる『言葉』は、何一つ無いと思う」
私の眸には、貴史も蓮美さんも映っていなかった。
ひとの存在を、意識からも消し去るほどの
『ナニカ』
でも、今、この瞬間。
この『ナニカ』がいてくれたことに、私は心から感謝していた。
ちっぽけなプライドだったのかもしれない。
でも、自分自身と青山を、更に深く傷付けずに済んだと思う。
だって、泣いても、怒って怒鳴っても、殴っても。
決して、この二人には届かないのだ。
もし届くような人たちなら。
きっと、そういう関係になる前に、私たちを振ってくれていたはず。
特に、青山と貴史は、親友だったのだ。
この裏切りは、四人の中で一番、青山を傷つけていたと思う。
だから。
青山が殴ってあげることで、貴史は少し楽になってしまうような気がしたから。
そんなの、絶対に許せない。
そう思って、私は青山を促して、病室を出た。
──少し歩くと後ろから、蓮美さんの泣き声が聞こえてきた。
それに気がついたとき。
突然、私の心に、『私』の『今の状況』が、現実感を持って入ってきた。
なにこれ。
なんなの。
ありえない。
かなしい。
くやしい。
ひどい。
…………
…………………………
色んな感情が渦巻いて、酷い目眩がして。
私は、近くのトイレに駆け込んで、吐いた。
胃の内容物が無くなっても胃液だけを吐き、それがなくなってもまだ吐く。
内臓が痙攣して痛い。
涙も止めどなく流れる。
「あ…ふっ…うぐっ………っっ……」
────いつまで、そうしていたのか。
気がつくと、病室に寝ていた。