涙 のち 溺愛
それから、暫くして、蓮美さんは会社を辞めた。
悪阻も酷そうだし、人の目が厳しかったのもあると思う。
私も、仕事で必要な最低限度しか話さなかった。
蓮美さんは何か言いたげだったけど、何も聞きたくなかった。
そして、私は『会社は絶対辞めない』と決めていた。
何に対してかわからないけど、とにかく『負けたくなかった』のだ。
青山は時々、辞めたいと言っていた。
仕事で貴史と同じ部署なのもキツかったようだ。
「私は辞めないよ、負けたくない」
その度に、私は言った。
青山にも、負けてほしくなかった。
だって、私たちは同志でしょう?
きちんとケジメもつけきれないような人たちのために、何故私たちが仕事を変わらないといけないの?
貴史や蓮美さんに会いたくなくて、毎朝玄関で足がすくんだけど。
私は自分に激しく鞭を打って、仕事をした。
──そして、1年と少し経った秋。
貴史は、会社を辞めた。
時々、思い出したようにあの時のことが噂になって、うんざりしたのかもしれない。
私や青山も迷惑していたけど、人の口に戸は建てられない。
その後暫くして、どこからか、蓮美さんの親族の会社に再就職したと噂で聞いた。
青山は、目に見えてほっとしていた。
ストレッサーがいなくなったもんね。
そして、『負けなかったこと』に、二人で祝杯をあげた日。
私は、こう切り出した。
「もう大丈夫そうだね、青山。
──だからもう、この会は、お仕舞いにしよう。
私たち、もう、解放されよう。」
青山は、とても驚いた表情をした。
そして、慌てて口を開いた。
「ちょ、ちょっと待てよ江藤!
解放って、俺、大分前から単純にお前との飲みを楽しんでたぞ?
確かに『あのこと』がきっかけでお前とつるむようになったけどさ、
お前と話してる時間に『あのこと』を思い出すのって、最近なかったぞ?」
──そうだね、きっと。
いつまでも傷口が癒えないのは、私の方。
だから、もう、いつまでも青山を付き合わせられない。
私は一人で大丈夫だから。
青山には、準備ができてると思う。
早く、新しい彼女を作って欲しい。
「えー、だっていつまでも二人でつるんでたら、お互い恋人できないじゃない!
そろそろ彼氏欲しいもーん!!」
あえて明るく元気よく、私は言った。
青山は渋っていたけど、私は頑として譲らなかった。
「────はぁ、お前言い出したら聞かねぇからな。
わかった。
でも、同期会とか、二人じゃないときは来いよ?」
私は微笑みを浮かべて、頷いた。
──これでいい。
───いつまでも、お互いに依存できない。
私は、もう、無理だけど。
新しい恋をするには、傷が膿みすぎて。
でも青山には、素敵なパートナーを見つけて、幸せになってほしい。
きっと、できるから。