【短】舞散れ、冬の香り。
「積もる話もあるしね?いいだろ?」
にっこりと他の女子社員ならば、キャーキャー言いそうな笑顔で私に話し掛ける彼。
私にはこれっぽっちもありゃしないね。
と、心の中で毒を吐きつつ、それをぐっと噛み殺して、今度は妖艶に微笑んで見せる。
「仕方ないわね。お付き合いしてあげる」
なんとも高飛車な言い方をしたけれど、周りの誰もそんな私たちを気にすることはない。
だって、これは日常茶飯事なんだもの。
同期入社から、選り取りみどりなモテぶりの彼と、その頃から結婚を視野に入れた恋人がいた私…。
独身貴族気取りの彼を、羨ましいとか疎ましいとか、そんな風に思ったことはないけれど…。
あの夜…。
プロポーズをされると、期待して向かった待ち合わせ場所で、長年の恋にピリウドを打つ羽目になるなんて思わなくて…。
絶望のどん底に、いた。
まさか、まさか、彼が浮気をしていたなんて。
そんなこと、あり得ない。
あり得るはずがない!
私は人目を気にすることもなく、泣き崩れた。
ただ、耳に「加奈恵、ごめん…」という、重い一言だけが残って。
それが、胸に何度も刺さって、頬に当たる冷たい風よりも痛くて……、消えたくなっていた。