戻れない道〜希望と絶望〜
 新しい職場の入職式は午前10時。中途入職なのに入職式をやるなんて珍しいなと思った。どうせ形ばかりの儀式的なものなんだろうと思っていたが、珍しいことに、柄にもなく緊張してしまって早めに自宅を出た。

 午前9時。ちょっと前に入った職場近くのカフェでコーヒーを飲みながら外を眺めていた。もうそろそろ職場に向かおうかと思っていた時だった。

 目の前で豪快に転ぶ、リクルートスーツを着た女性がいた。いかにも必死に目的地に向かおうとしているのが見ていてもよく分かった。破れたストッキングを気にしながらも、立ち上がってまた走り出した。

 「元気の良い女だなぁ」

 これが俺が感じた率直な印象だった。

 午前10時。俺は支給された白衣に着替え、病院の大会議室にいた。病院には似つかわしくないような豪華な造りで、高そうな絵画も何点か飾ってあった。随分と儲かってる病院なんだなと緊張感が感じられないことを考えていた時だった。

「失礼します!よろしくお願いします!」

 元気な声で女性が入ってくる。俺は元気の良いその女性に驚いてしまった。

 さっきカフェにいた時に豪快に転んだ女性。その人が白衣を着て俺の隣の椅子に座ったのだ。

 驚いた様子で呆然としている俺の顔がよほど滑稽だったに違いない。しばらく俺の顔を真顔で見たかと思ったら、急に笑顔に変わった。

 俺は蓮。26歳で看護師歴4年目。2歳の娘を持つ、一応は父親だ。前の病院では手術室勤務をしていて、職人のような仕事に奮闘しながらも、一通り仕事もできるようになった。無謀だと言われながらも前の病院を退職し、今、新しい環境で頑張ろうと密かに気合いを入れている。そんな俺が新しい職場の入職式に臨み、隣には同じく中途入職した女性がいる。

 今回入職したのは、俺とその女性の2人だけ。院長が小難しい話を延々とした後、俺たちは配属先が看護部長から告げられて、そこに向かおうとしていた。

 隣の女性が不意に話しかけてくる。

 「初めまして。私は愛っていいます。同期ですね。仲良くしましょう!」

 俺は何て答えようか迷ってしまい、

 「ですね。よろしく。」

 全く気の利かない答えしかできない自分が恨めしかった。

 これが俺と愛の、どこにでもあるような出会いとなった。
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