騎士団長と新妻侍女のひそかな活躍
一章
灰色の薄雲が掛かる空の下、王女付きの侍女エルシーは、白い上質な外套を手に、広大な王宮庭園を小走りで駆けていた。
時々立ち止まっては、垣根を覗き込み、何かを探している仕草を繰り返す。
暦の上では春とはいえ、色とりどりの花が咲き誇る時期にはまだ早く、雨後の空気はひんやりと頬を撫でる。
早く見つけなければ。
婚礼衣装の最終仕上げのために仕立て屋が登城する時間が迫っているし、続いてそのあとは高名な貴族の奥方を招いての王太后のお茶会が催される。出席用のドレスの確認もしていただかなくてはならない。
(この時期、何も羽織らずに外にいては、風邪を召されてしまうわ)
エルシーは焦る。
昔は、探し物をしていても、すぐに“声”たちが教えてくれたことをふと思い出した。
でも今はまったく聞こえない。
(それでいい。あんな力、持っていたって奇妙に思われるだけだもの)
エルシーは、まだ固い蕾だらけの薔薇園のアーチをくぐると、辺りを見渡した。視界の端の垣根から、ピンク色のドレスの布地が出ているのを見つけると、安堵の息を吐き、呼吸を整えながらゆっくりと近づく。
そこには艶やかなブロンドの、十八歳ほどの少女が、背を丸めてしゃがみ込んでいた。
「グローリア王女殿下。こちらにいらしたのですね」
エルシーの柔らかな声色に、ブロンドの少女はゆっくりと振り返る。潤んだ青い瞳がエルシーの姿を映すと、グローリア王女は長い睫毛を伏せて、ため息をついた。
エルシーは持っていた外套で王女の身体を包むと、手を差し出して彼女が立ち上がるのを手伝う。
「……エルシーは相変わらずわたくしを見つけるのが得意ね」
「ですが、お庭でかくれんぼの時期にはまだ早うございますよ」
「あら、わたくし、そんなに子供じゃなくてよ」
「大変失礼しました。申し訳こざいません」
真摯に謝るエルシーに対し、グローリアは本来の明るさを取り戻し表情を和らげる。
しかし、そんな王女の顔にまだ憂いの色が残っているのを感じたエルシーは、何とも言えない気持ちになった。
大陸のやや中央に位置するアシュクライン王国は、今年、ふたつの大きな国家的慶事が控えている。一ヵ月後には、王妹グローリアが隣国ダルタンドの王太子のもとへ輿入れする。そして秋になれば、その兄で現国王のジェラルドが他国から王妃を迎え入れることになっているのだ。
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