騎士団長と新妻侍女のひそかな活躍

 続きの隣部屋に戻っても、エルシーの気持ちは落ち着かなかった。アーネストに相談してみようか。先刻、少しだけ言葉を交わす機会があり、王の隣の部屋にいる、と聞かされていた。

(だけど、〝声〟が聞こえたのは勘違いだった可能性もあるわ)

 アーネストも疲れているのに、自分のことで煩わせたくない。エルシーは気のせいだと自分に言い聞かせ、夜着姿になると寝台にもぐりこんだ。

 だが、変に目が冴えて眠れない。カタカタと窓がきしむ音がする。風の音だろうか。


《カナシイ、ナイ》

 目を閉じた瞬間、また声が聞こえてきた。今度こそ気のせいなどではない。

 エルシーは勢いよく身体を起こした。

「……どういう意味なの? 教えて」

 誰もいないので躊躇なく声に出して訪ねてみる。

《カナシイ、ナイ》

「だから、どういうことなの?」

 エルシーは再三尋ねたが、〝声〟は同じセリフを繰り返すだけ。

(この声はさっき、ティアナ様の部屋で初めて聞いたわ。悲しい、ってティアナ様から感じ取ったの……? それに、ない、って……)

『悲しい』人が、『無い』ーー

(まさか……!)

 エルシーは飛び起きると近くのガウンを羽織って、急いで隣部屋のドアをノックした。

「ティアナ様!」

 しかし返事はない。エルシーはドアを開けたが、人の姿はない。ベッドももぬけの殻で、窓が大きく開いていた。

 駆け寄った窓の外に見えるのは、闇夜に同化した鬱然とした森。

(まさか、ここから外に……⁉)

 エルシーは踵を返すと、廊下に出た。この階を見張っている護衛騎士の姿を見つけ、走る。
 
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