騎士団長と新妻侍女のひそかな活躍


「女性がひとりで、ここから飛び降りるとは考えにくいな」

 ティアナの部屋の窓から暗い外を見下ろして、ジェラルドが呟く。いつも穏やかな彼の表情も、さすが若干険しい。

 エルシーは一旦部屋に戻ると、急いで着替えてから、再びティアナの部屋に入った。

 アーネストからの報告によると、砦の警備は万全で、怪しい人物の出入りはなかったという。しかし、状況から察するに誰かが王女を窓から連れ去ったと考えるのが妥当だろう。だが、抵抗したのなら、隣りの部屋にいたエルシーが物音を聞いているはず。それがなかったというのなら、意識を失った状態にされた可能性が高い。

「申し訳ありません、陛下。窓が揺れるような音を耳にしましたが、もしかしたら何者かが王女様を運び出す音だったのかもしれません。もし王女様の身に何かあれば、この命をもって償います」

「君の命をもらったところで、私は少しも嬉しくないんだが。それに、王女を寝ずに見張っているように指示しなかった私も悪い」

 ジェラルドは淡々とした口調で答えた。

「王女に何か変わった点は?」

「……少しお疲れのご様子でした」

「そうか……。とにかく、君は自室に戻るように。あとは何とかする」

 少し突き放すような彼の言い方に、エルシーはますます委縮した。彼なりの労いの言葉だったのかもしれないが、これ以上できることはないと宣告されたようで、エルシーの胸は痛む。しかし、ジェラルドの言い分は最もなので、そのまま大人しく部屋に戻ることにした。

(せっかく〝声〟が教えてくれたのに、何の役にも立てないなんて……)

 エルシーは廊下でふと足を止めた。

(そうよ、いつも〝声〟は危険な時、警告的な言葉で伝えてきたわ。でも今回は、いない、という状況だけ……。さらわれたなら、もっと〝声〟が騒ぐはずよ。もしかしたら、王女様は自分の足で、出て行ったんじゃ……)
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