騎士団長と新妻侍女のひそかな活躍
「し、失礼いたしましたっ……!」

「いや、君に近づかれるのは嫌じゃない」

「え……?」

 小さな問いかけには応じず、アーネストは言葉を続ける。

「俺は、君に敬意を払うべきだったと反省している。君は長子としての責任を果たそうとその身に全部背負い込んだ。心が折れそうなこともあったと思うが、誰かに依存することなく、自分の足でしっかり立って、大切なものを守り続けている」

 エルシーは驚きで目を見開いた。まさか、アーネストの口からそんな言葉が聞けるとは思っていなかった。

 あわせて、胸をぎゅっと鷲掴みにされるような息苦しさに見舞われた。こんな風に誰かに認めてもらえるような言葉をかけられたのは初めてだった。父の死から六年、没落の流れに身を任せてなるものかと自分に言い聞かせ、踏ん張り続けてきただけだ。決して誰かに褒めてほしかったわけではない。しかし、アーネストからの思いがけない労いの言葉に、エルシーは肩の力が抜け、心がゆっくりと溶け出すのを感じていた。

 困ったことに、それは目元が熱くなるという生理現象をもたらした。下を向くと、涙が溢れてしまう。エルシーは、きゅっと唇を引き結び、目線を上に何度も瞬きをしてそれをやり過ごすと、深く息を吸った。

「アーネスト様からのお心遣い、大変感謝しております。弟も、夢への道が切り開かれたと、とて喜んでいました。弟はあなた様に全幅の信頼を寄せているようです。弟の明るい顔を見て、いくら頑張ってみても私の力では限界があったのだと、自覚しました。……そして昨日、私があなた様に失礼な態度を取ってしまったことは、まぎれもない事実です。品性の欠けた行いだったと、自分を恥じております。ですが、万が一お許しいただけるのでしたら、この先どうか弟を導いてやってはいただけないでしょうか……?」

 アーネストが家庭教師の件を提案したのは、婚姻によりルークが義弟になるという前提に基づくものだと、エルシーは理解している。つまり、エルシーの懇願は、妻としてアーネストに身も心も捧げるという意思表明だ。
< 33 / 169 >

この作品をシェア

pagetop