【電子書籍化】騎士団長と新妻侍女のひそかな活躍


 名門ウェントワース侯爵家の長女として生まれたエルシーは、金髪に緑の瞳が特徴であること以外は、ごく普通の子供だった。しかし、数年後、両親は娘の特殊な力に気づく。


 エルシーは〝声なき者の声を感じる力〟を持っていたのである。

 たとえば、朝窓を開けると、何かが『オハヨウ』と伝えてくる。庭に出れば『イイ天気ダネ』と何かの意志を感じる。言葉として明確に話しかけられるのではなく、脳に直接伝わってくる感覚に近い。

 幼いエルシーは、それは誰もが感じている当たり前の現象だと信じて疑っていなかったので、ひとりでいる時も普通に言葉で〝それら〟に返事をしていた。

 しかし、両親はエルシーに、『それらに関わってはいけない』と言い聞かせた。

 この国には稀に魔力と呼ばれるものを持っている人間がいる。おもに、光、火、風、水、土に分類され、その力を見出された者は、幼少期から力をコントロールする能力を身につける。ゆくゆくは国の発展に貢献する人材となり、手厚い保護を受けられるとあって、魔力を有する人間は常に世間の羨望を集めている。

 しかし、エルシーの持つそれは、決して喜ばれるものではなかった。むしろ逆––––人々から忌み嫌われる力として、恐れられてきた。エルシーが感じる声は、風や水などの自然体に宿る精神、思念のようなもので悪意はまったく感じられないのだが、長い歴史の中でそういった類の声は、しばしば悪鬼や死者の声と混同され、それを感じる人間そのものが邪悪な存在として扱われてきたためだ。

 エルシーはすぐには理解できず、両親に何度も説明したが、聞き入れてもらえず、父は険しい表情で娘を窘め、母は悲しそうに顔を伏せた。

(これはずごく悪いことなんだわ)

 幼心にそう感じたエルシーは、〝それら〟の声に反応しないように心掛けるようになった。ある時は心の中で何度も拒絶した。そうして繰り返しているうちに、いつしか声は届かなくなっていた。大切な友達を失ったようで空しかったが、両親に悲しい顔をさせることのほうが、エルシーには辛かった。
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