【電子書籍化】騎士団長と新妻侍女のひそかな活躍

 それから一週間後。
 盛大な夜会が王宮の大広間で催された。グローリア王女の婚約を祝って国中の貴族が招待され、王女にとってはこれが祖国での最後の公式行事となる。

 ひと際高い段の玉座には国王ジェラルドが腰掛け、その一段下には母君のアンドレア王太后が座していた。本日の主役であるグローリア王女は王族席を立ち、祝辞を述べに来た貴族に丁寧に応対している。誰よりも美しく輝く王女をひと目見ようと周りには自然と人々の輪ができ始めていた。

 王女の最後の夜会ということで侍女たちは今宵、一旦役職から解放され、一貴族としての出席を許されている。皆が思い思いのドレスに身を包み、夜会の雰囲気を楽しんでいる中、エルシーはあまり目立たない青紫のドレスでひとり、壁際に立っていた。視線の先には、招待客に可憐な微笑みを向けているグローリア。

(大変なお妃教育にも耐えられて、ご立派に成長された王女殿下……。きっと嫁ぎ先でも皆さんに愛されるお妃様になられるわ。清らかで優雅でお優しい、私の大切なご主人様……わかってはいるけれど、もうすぐお別れなのね)

 見つめているうちに感慨深くなったエルシーの視界が、涙で不透明になる。祝いの席で涙は禁物だ。エルシーは俯きながら人々の間を縫うと、急いで大広間から抜け出た。

 夜会の最中なので、広い廊下には誰もおらず、衛兵たちのみ見張りの定位置についている。エルシーは夜風に当たって気持ちを落ち着かせようと、廊下を進み、庭園を望める回廊へとやって来た。
  
 春の夜風がやや肌寒く感じるのは、普段侍女のお仕着せに慣れているせいだろう。今着ているドレスは、アーネストから新しく贈られた物だ。色とデザインはエルシーに任せてくれたので、派手過ぎない装飾と落ち着いた色を選んだ。今宵の主役以上に着飾るべきではないと気持ちに歯止めがかかったのは確かだが、これまでの生活環境からか、どうしても着飾ることに躊躇してしまう。

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