騎士団長と新妻侍女のひそかな活躍
 人懐こい笑顔で、ぐいぐいと迫ってくる。驚くほど滑らかに言葉が出てくることから察するに、この青年は常日頃から女性に対し、この類のやりとりを繰り広げているのかもしれない。恵まれた彼の容姿にほだされてしまう女性がほとんどだろうが、あいにくエルシーの心は一ミリも動かなかった。代わりに異性への不誠実さが透けて見える。

「ですから、そこまでしていただかなく……ても……」

 うんざりして相手を見据えたエルシーだったが、語尾が小さくなってしまった。彼の顔にわずかな既視感を覚えたのだ。

(どこかで見たような……あっ!)

 いつもニヤニヤして、我が家にやって来るたびに嫌悪感しか生じなかった顔が記憶から甦る。屋敷の主のように振る舞い、ついにとある失言でエルシーの怒りを買い、頭から花瓶の水をかぶる羽目になった男。いや、当時はまだ成人前の少年だったが。

(この人、ヘクターだわ……! アボット子爵の次男の!)

 エルシーが眉をひそめて無言で凝視してくることに、何かを感じ取ったのか、ヘクターもまた首を傾げて見つめ返してくる。

「そういえば君、どこかで会ったことがあるかな……?」

 その問いかけを無視して、エルシーは彼の横をすり抜けた。

「あっ、待ってよ! ええと、あ、そうだ、エルシーだ、エルシー・ウェントワース!」

 ヘクターが追いかけてきて、再びエルシーの前に立ちふさがる。

「懐かしいな! 元気だったか?」
「……よくそんな気楽に話しかけられるわね」
 
 ヘクターが笑顔全開なのに対し、エルシーの表情は氷のように凍りついている。瞬時に冷気を感じたヘクターは「う……」と気まずそうに言葉に詰まった。

「……あの時は、本当に悪かった。親の財力を笠に着て、調子に乗っていた。何も考えていないバカなガキだった」

 エルシーは少し驚いてヘクターの様子を窺った。顔立ちはそのままだが、雰囲気が異なっているように感じる。以前はふんぞり返った偉そうな少年で、こんな風に自分の非を認めるような人物ではなかった。
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