騎士団長と新妻侍女のひそかな活躍
「親には頼れないから、私の所にお金の無心に来たの? 確かに、一時はあなたの家からの支援に助けられたわ。それを返せということなら、何も言い返せないけど」
「ち、違う!」

 ヘクターは慌てた様子で立ち上がったが、すぐに再び座り直す。

「そこまで性根は腐っていないつもりだ。……それに今は幸い借金はない。実は、お願いがあってここに来た。君の父上が運営していた擁護施設を、今はオーモンドという人物が引き継いでいることは知ってるか?」

「ええ……父から聞いていたわ」

 借金返済のため、父は多くの財産を手放したが、その中には領地も含まれていた。それでもそこにある養護施設は守りたいとしばらく運営を続けていたが、次第にそれも立ち行かなくなり、オーモンドという資産家に運営権を譲ったのだ。

「そのオーモンド氏だが、数年前、階段から足を滑らせた際、頭を打って昏睡状態になった。でも最近、奇跡的に意識が回復して、君たちウェントワース家の人々に会いたいと言ってるらしい」

「どうして? それにヘクター、ずいぶん事情に詳しいのね」

「たまたまオーモンド氏の息子と知り合う機会があったんだ。僕より少し年上の実業家で、名前はヴィンス。彼は寝たきりになった父に代わって、ずっとその擁護施設を営んできたんだ。彼は僕がウェントワース家と遠縁であることを知って、取り次ぎを頼んできた。彼は父親思いで真面目な性格だから、僕としても何とか願いを叶えてあげたいんだ」

 ヘクターは力説すると、やや冷めかかった砂糖たっぷりの甘ったるいお茶を一気に飲み干した。

「施設の子供たちの生活を守ったのは、運営事業を引き継いだオーモンド氏だ。君もウェントワース家の人間として、ある意味世話になった人たちへの恩を感じているだろう? その恩人の願いを叶えたいとは思わないか?」

 昔の姿とは想像もつかないほど、ヘクターは真剣な眼差しでエルシーの情に訴えてくる。
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