【電子書籍化】騎士団長と新妻侍女のひそかな活躍
 そしてエルシーが十四歳の年、またもや不幸が降りかかった。

 父が出立したあの日の出来事を、エルシーは忘れられない。家族全員で馬車の前で別れの挨拶を済ませた時、突然エルシーの頭に、声が響いた。

《ソノ人ヲ止メテ》《行カセテハダメ》

 数年ぶりに感じる声に、エルシーの身体は震えた。何もないように平静を装ってみたが、さらに声は大きく、増幅していく。

《ダメ!》
《行カセナイデ!》
《ダメ!》

 今まで感じたことのない尋常な声の数。
 耐えきれなくなったエルシーはその場にうずくまった。そんな娘を心配した父が手を差し伸べる。その手を震えながら握ったエルシーは立ち上がり様に、意を決して口を開いた。

『あの、お父様、どうしても今日お行きになるの……?』
『どうしたんだね、急に』
『それは、その……』
『何か気になるなら言ってみなさい』

 そう語る父の瞳は優しい。今なら、話しても受け入れてもらえるかもしれない。
 安堵したエルシーの気が緩んだ。

『あのね、声が騒いでいるの。危険を知らせているみたいで–––』

 すると発言の途中で、父は娘の手をはねのけた。
 ハッとしてエルシーが顔を上げると、険しい表情の父が、自分を見下ろしている。

『それを口に出してはならないと、その歳になってもわからないのか』
『あ、あの、お父様……』

 父は厳しく言い放つと、そのまま馬車に乗り込んだ。

 それから、父は出先で事故に遇い、帰らぬ人となった。

 知らせを聞いたエルシーは、自室に駆け込むと寝台に突っ伏して泣いた。

《ダイジョウブ?》

 開けた窓から、風に乗って声が流れてくる。

『お父様を止められなかった。こんな力、あったって何も役に立たないわ……! 信じてもらえないし、嫌な顔をさせてしまうだけよ!』

《ダイジョウブ?》

『もう私を放っておいて! あっちに行ってよ! もう聞きたくない!』

 その瞬間、スッと辺りが静かになり、それ以降、声は聞こえなくなった。



 もとから身体の弱かった母はショックで寝込む日々が続き、エルシーは五つ年下の弟ルークの手をぎゅっと握ったまま、途方に暮れた。父方の縁戚の子爵が見かねて時々生活を援助してくれたが、それを理由にその息子のヘクターが屋敷に我が物顔で出入りするのを、エルシーは黙って見ていなければならなかった。

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