かりそめ夫婦のはずが、溺甘な新婚生活が始まりました
「きゃっ!?」

 身体はバランスを崩し、私の肩を掴んだ人物の胸に寄りかかる形になる。その瞬間、鼻を掠めた爽やかなシトラスの香り。

 この香りって……将生?

 顔を上げて確認すると、やはり将生だった。いつになく厳しい表情で野沢君を見つめている。

「俺の妻になにか?」

「えっ……妻って……えっ!? この人が荻原の旦那さん?」

 混乱する野沢君の声に我に返る。

 ど、どうしよう。いや、指輪を拾ってもらった時点で野沢君には結婚していることがバレたはず。

 今はまず将生の誤解を解くほうが先だよね? だって絶対怒ってる。声が怖いもの。

 頭をフル回転させた。

「あの、野沢君。事情は今度話すから。……将生、同期の野沢君。私が会費を多く払い過ぎちゃったから、渡しにきてくれたの」

 事情を説明すると、将生は眉根を寄せた。

「そう、なのか」

 とは言うものの、まだ納得できていないという顔。それに野沢君も気づいたのか、慌てて口を開いた。

「そうなんです、今夜の同期会の幹事なので、それで追いかけてきただけで……。俺と荻原はただの良き同僚ですから!」

 同い年なのに敬語になってしまうほど、今の将生からは威圧感を感じているのかもしれない。

 だけど野沢君の話を聞き納得してくれたのか、やっと将生は表情を緩めた。
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