かりそめ夫婦のはずが、溺甘な新婚生活が始まりました
「野沢君?」
 名前を呼ぶと恥ずかしそうに腕で顔を覆った。だけど当然隠しきれていなくて、野沢君の頬はよりいっそう赤みを増した。

「いや、普通に照れるだろ。……でも素直に嬉しいよ。人生であんなにストレートに褒められることは滅多にないからな。ありがとうな」

 腕を退かして見えたのは柔らかい笑みを浮かべた顔。そして告げられた感謝の言葉に、なぜか恥ずかしくなってしまった。

「どういたしまして」

 それでもどうにか言葉を返すと、野沢君は「荻原とは親友になれそう」なんて、嬉しいことを言った。

 おかげでますます恥ずかしくなったわけだけど、ちょうど休憩時間が終わり、午後の日程説明がはじまったおかげで助かった。あのまま笑顔を向けられていたら、直視できなくなっていたと思うから。

 男友達って今までいたことがないからわからないけれど、いたらこんな感じなのかな。

 私も野沢君とは、仲良くできそう。そんな気がしてならなかった。


 ほどなくしてはじまった辞令式。ひとりひとり名前を呼ばれ、次々と勤務先と配属部署が告げられていく。

 敬子は本社の経理部へ、野沢君も同じく本社の営業部に配属された。私も同じ本社勤務になれたらいいんだけれど……。

 ドキドキしながら自分の名前が呼ばれるのを待つ。そしていよいよ配属先が告げられる時がきた。

「荻原小毬さん」

「はい」

 返事をして立ち上がり、壇上に立つ人事部長を見つめる。

「本社の秘書課で勤務していただきます」

 ――え、秘書課?

 予想だにしていなかった配属先に唖然となる。そして周囲からはどよめきが起こった。

 それもそのはず。説明会で配られた配属希望先を記入する際、注意事項で書かれていたのだから。【ただし、本社の秘書課は希望対象外です】と――。
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