君はいつも孤独を望んでいた

時間との闘い──細川夜

 やっとテストが終わった。今日は早く帰ろう。
 僕はがやがやしている教室を抜け、東階段を下りていく。その時、後ろからやけに大きな足音が聞こえた。

「細川。部活動やってないんだろ? 悪いが教室の教卓の上に置いてある数学の課題を職員室の俺の机の上に運んでおいてくれないか」

 この声……多分藤村先生だ。恐る恐る後ろを振り返る。そこにはやはり藤村先生が立っていた。
 まったく最悪だ。うちのクラスの担任である藤村先生は、学校の中でもかなり嫌われている方の先生だ。理由は簡単だ。この先生に捕まると人遣いが荒く、いくつも仕事を押し付けなかなか解放してくれない。しかも、自分といったら他の先生と話しているためかなりいらつく。ある生徒が昼休みに藤村先生に捕まり、手伝いをさせられたらしい。藤村は職員室で他の先生と話しているのでなかなか話しかけられない。そのため、昼休みを丸々潰され昼ご飯を食べることが出来なかった。という嘘か本当かよく分からない噂まで流れている。
 僕はその生徒と同じハメになりたくない。逃げようと試みたが階段には僕と先生以外誰もいない。仕方ない。

「分かりました」

 僕は気だるそうに返事をして教室に帰るために踵を返した。


 階段を上がり3階になったところで後ろの扉から自分の教室へ入る。教室を見渡すが誰一人としてクラスメイトは残ってはいない。机の間を抜け、教卓の前までいく。教卓の上を見ると40人分の問題集が置いてある。

「これを1人で運べとか無理だろ。仕方ないから2回に分けて運ぶか」

 独り言を呟き、肩にかけていた荷物を窓側の1番前にある自分の席に置く。そして、教卓の上に置いてある問題集の半分を持ち上げた。


 1階にある職員室を目指すため校舎の東側にある階段を下りる。階段には4階にある音楽室から聞こえてくる。吹奏楽部の楽器の音色が響いている。
 この楽器の音色なんだったっけ……。中学生の時も学校で聞いたことがある気がする。
 1階に着くと職員室までは階段を下りてすぐを右に曲がり、廊下を突き当たりまで歩くと着く。
 長い廊下を歩いていると窓からグラウンドが見える。グラウンドでは珍しくサッカー部だけが練習をしていた。他の部活は休みだろうか。
 僕も小学生と中学生の時はサッカーをやっていた。しかし、親の仕事が忙しくなるにつれ、自分も早く帰り家事を手伝うためサッカーを辞めた。そのため、高校では部活動にも入っていない。サッカー部の練習を見ていると時々またサッカーをやりたくなることがある。でも、そんな気持ちを抑えながらなるべく早く家に帰れるように自分なりに努力をしているのだ。またみんなとサッカーが出来る機会があればいいのだが、みんなは部活動で忙しいだろう。
 窓の外を眺めながら歩いているとあっという間に突き当たりにある職員室へと着いた。
 約束どおり藤村先生の机の上に問題集を置く。それ以外に職員室には用がないので、すぐに職員室から出る。

「これをあともう1回やらないといけないのか……。足と腕が痛い」

 弱音を吐きながらもまた3階にある教室に問題集を取りに1階の長い廊下を歩き始めた。


 もう1セットし終わりようやく家に帰れると1階の靴箱前で安堵する。でも教室に自分の荷物を置き忘れたことに気づいた。また戻るか。結局もう1往復させられてしまった。
 自分のドジさに少し苛立ちを感じながらも昇降口から外に出る。空が灰色の雲で覆われていた。まるで僕の今の気持ちを表しているようだ。

「そういえば今日は4時頃から雨が降り始めるって言ってたな。今何時だ?」

 スマートフォンの画面を見ると、3時半を表示していた。想像以上に遅くなってしまった。雨降る前に帰るか。僕は早足で歩き始めた。


 いつもは自転車で登下校しているが、今日は雨が降るので電車で登校してきた。当然帰りも電車だ。学校の前にある駅へ向かい、改札をくぐるとホームにはあまり人がいなかった。もうすでに高校生は帰っているのだろう。特にやることも無いのでイヤホンをつけスマートフォンで音楽を流す。それから5分足らずで電車がやってきた。
 やはり車内の人は少ない。空いている席に座る。外の景色を眺めながら最寄りの駅に着くのを待った。最寄りの駅は学校前の駅から3駅離れたところにある青空駅だ。なぜ青空駅になったかというと、親の話ではこの地域は雨があまり降らず、青空の晴れの日が多くそこから取ったらしい。詳しくは分からない。今ではこの地域も雨の日は多いし雲がある日も多くある。だから、青空というのは似合わないのではないか? と思ってしまう。けど、僕は天気のいい晴れの日を想像させるこの駅名を僕は少し気に入っている。
 電車が青空駅につく。僕は電車を降りホームから出るとますます雲行きが怪しくなっていた。


 雨に打たれないよう僕は早足になりながら街路樹のある道を歩く。
 いつも子供たちが遊んでいる公園に、今日は誰もいない。公園を横目で見つつ通り過ぎようとした時、ベンチに座っている1人の女子生徒を見つけた。


 最初は声をかけようか迷ったが、雨が降るので声をかけようと決意した。
 横断歩道を渡り、公園に入る。公園には女子生徒以外誰もいない。僕はベンチの前まで行き、声をかけようとした。その時、その女子生徒が見たことある顔だったことに驚いた。

 ──赤井さん……?

 どうやら寝ているようだ。でも、こんな所で寝ていたら風邪をひいてしまう。僕は仕方なく彼女を起こすことにした。

「赤井さん?大丈夫か?」

 この前図書館で出会ったあと名前を覚えておいて正解だった。名前を呼べなかったら起こすも何も無い。
 すると赤井さんがゆっくりと目を開けた。

「細川君?なんでここに……」

 どうやら彼女は寝ぼけているようだ。まるで状況を理解出来ていない。

「なんでって、赤井さんがここで寝ているから」

 そうやって、彼女に返事をした時、彼女はまた意識を失い眠ってしまった。
 まったく、どうすればいいんだ。これだから人と関わるのはめんどくさい。
 途方に暮れる中、荷物を持っていた手に水滴がついた。僕が空を見上げると、灰色雲から雨がぽつぽつと降り始めていた。
 雨が降ってる中彼女を公園に置き去りにはできないよな。でも、彼女の家も知らない。電話番号も知らない。彼女の親に迎えに来てもらうことすら出来ない。それに彼女はかなり体調が悪そうだ。救急車でも呼ぼうか。そこまで重大なわけでもないと思う。考えている時間はあまり無い。どうすればいい。
 雨はどんどん強くなっていく。
 仕方ない。親も仕事で帰ってくるのが遅いし自分の家に連れて帰ろう。幸いなことに僕の家はこの公園から歩いて2分もかからない。
 彼女を運ぶために無理やりおんぶしようとした。けど、彼女は意識を失っていて背中を掴んでくれない。仕方ないので自分の荷物をベンチに置いた。そして彼女を両手で抱えて住宅街を走った。雨戸を閉めようとしているおばさんに変な目で見られる。方法がこれしかないのだ。恥ずかしさを堪え自分の家まで走り抜けた。

 急いで玄関の鍵を開けようとする。服のポケットを探しても鍵がない。荷物の中に鍵をいれていたことを思い出した。彼女を玄関の外に置いてあるベンチに寝かせる。急いで公園に荷物を取りに走りだした。
 教室に荷物を置き忘れたことといい、なんでこんなに自分はドジなんだよ! 急がないといけないのに。
 ドジばっかりする自分が無性に腹立たしい。走っている足により一層力が入った。公園につきベンチに置いてある自分の荷物を持つ。休憩する暇もなく全力で家まで走って戻った。その甲斐あってか往復で3分も経っていない。荷物から鍵を取り出す。急いで玄関の鍵を開けようとするが、焦りと疲れからかなかなか鍵がうまくささらなかった。
 玄関を開けると、玄関前のベンチに寝かしていた彼女を両手で抱える。そして玄関の扉を閉める暇もなく靴を脱ぎ家に上がろうとした。しかし、彼女は靴を履いている。床くらい汚れても構わない。そのまま彼女を家にあげた。
 入り口に近い扉をあけリビングに入ると、置いてあるソファーに彼女を寝かせる。靴で床を汚さないように紙をひく。それから、彼女の上にのっていた彼女の荷物を持ち玄関にある荷物置きに置いた。階段を上がり2階の寝室にあるクローゼットから毛布を取り出す。一応枕も持っていった方がいいだろうか。毛布と枕を持ってリビングへと向かった。彼女に毛布を掛け、枕を下にひこうとした。けど頭を上げて彼女を起こしたらまずい、毛布だけを彼女に掛けた。ついでに、濡らしたタオルも額に置いておく。
 それにしてもこれからどうしようか、とりあえず彼女が起きるまで待とう。
 僕は疲れ切った体を癒すため珈琲を入れた。
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