恋は、二度目のキスのあとで―エリートな彼との秘密の関係―
「私はもう呼吸的にも情緒的にも大丈夫なので、無理しないでくださいね」
ただ大人しく抱きしめられたまま言うと、北川さんはややしたあとで静かに話し出す。
「俺自身が恐怖症の関係で過呼吸になった場合、自分でも処置できるようにと対処法を覚えておいたんだが、まさか白石の役に立つとは思わなかった」
「過呼吸……」
「なりかけただけだ。もう落ち着いたなら大丈夫だ。余計な心配はいらない」
しっかりとした声で言い切る北川さんにホッとする。
北川さんがそう言うなら、きっと大丈夫だ。
心拍がまだどこかぎこちない気がして、また呼吸がおかしくなってしまうんじゃないかという不安はある。
けれど、こうして抱きしめられていると北川さんの鼓動が聞こえてくるから、その音を聞いていると息がつけた。
しかし……とんでもない迷惑をかけた気がして「すみませんでした」と謝る。
北川さんは「いや、大丈夫だ」とすぐに答えたあとで、「でも」と続けた。
「白石にとって、瀬良との出来事は相当なトラウマになってるんだな」
自覚しているよりもずっと、重たく残ってしまっているのかもしれない。
そんなことないと誤魔化して笑いたくても、呼吸すら上手にできなくなってしまったところを見られている以上、いいわけはできない。
それに……他の誰でもない北川さんが相手だ。偽ろうとも思わなかった。
「自分でもびっくりしました」と素直に答える。
ここは大通りから数メートル入った路地裏だ。
すぐそこを通行人が歩いていくけれど、こちらに視線を向ける人はいなかった。
気づかれたところで、カップルがいちゃついているとしか思われないだろう。
街灯もないから、万が一、社員が通ったところで私たちの顔はわからない。
……だからといって、いつまでも抱きしめられているわけにもいかない。