恋は、二度目のキスのあとで―エリートな彼との秘密の関係―
社内を走っていいとする会社はきっとどこにもない。
うちももちろん禁止なので、エレベーターから降り速足で歩く。
相変わらず人気のない六階の通路を突っ切り資料室の前で足を止めた。
一応、周りに誰もいないかを確認してから素早く室内に入ると、わずかな埃っぽさを感じる。
大きな窓から入る明かりが室内を柔らかい黄色で包んでいる。そんな部屋を数歩進み、棚の向こうを覗き込むと、目当ての人を見つけた。
北川さんは、奥から二番目と三番目の棚の間の通路に座り込んでいた。通路は一メートルほどしかないから手足の長い北川さんには窮屈そうだ。
北川さんは、片膝は立てて、もう片方の足は折り曲げた状態で外側に倒していた。
立てた膝におでこをつけている。
入ってきたのが私だということはわかっていたのか。
北川さんは体勢は変えずに、視線だけこちらによこした。
顔色はいいとは言えなかった。
「大丈夫ですか?」
立ったまま聞いた私に、北川さんはややしてからふっと笑みを浮かべた。
「ずいぶん遠くから話しかけてるな」
棚の手前に立っている私と、棚の奥の方で座り込んでいる北川さんとの距離は三メートルほどあった。別に、話すだけなら不自然な距離感ではなかったけれど、私もたしかに北川さんと話すには遠く感じた。
いつもはもっと近い。
「追い打ちをかけることになったら困るので……。お水でも持ってきましょうか?」
少しでも刺激になるようなことは避けた方がいいと思った。
だから距離をとったままで聞くと、北川さんは「いや、大丈夫だ」と答える。