恋は、二度目のキスのあとで―エリートな彼との秘密の関係―
「……瀬良か?」
思わずそう声をかけると、瀬良はゆっくりと俺を見た。
「ん……あれ、北川さんじゃないですか。噂の。千絵と噂の」
焦点が合っていないように見える。目尻のあたりが赤いところを見ると、既にそれなりに飲んでいるようだった。
とりあえず、瀬良からひとつ空けた椅子に座り注文を済ませる。それから再度目を合わせた。
俺の前で白石の名前を〝千絵〟と呼ぶくらいだから、酔っているのだろう。瀬良は、俺が白石と瀬良の過去を知っているとは知らないはずだ。
以前、友人だと話したことはあるけれど、普段の瀬良だったらそれだけの情報で俺に〝千絵〟とは言わない。
社内であれだけの女性社員に慕われ本人も愛想よく返しているのに、誰とも噂になったことがない。瀬良が用心深い証拠だ。
俺をじっと見た瀬良は、自嘲するような笑みを浮かべた。
「いい気分ですか。俺から千絵を奪って」
「……奪ってはいない」
瀬良が煽っているのは、グラスと色からしてマティーニだろう。何杯目だかは知らないが、それだけの勢いで飲んでいれば悪酔いもしそうだった。
酔って目を赤くした瀬良は、苦笑いで俺を見る。
「今の〝間〟。そもそも千絵は俺のもんじゃないとか言いたいんですか」
「言葉通りでしかない。深読みするな」
バーテンダーがハイボールの入ったグラスを差し出す。
この店のウイスキーはクセがなく飲みやすいため、一杯目には必ず頼むメニューだ。
「でも、時間の問題っぽいじゃないですか。千絵、俺にはツンツンした態度しかとらないのに、アンタにはあんな可愛く……くそ、なんでだよ」
カウンターに額を打ち付けた瀬良は、社内とは別人で驚く。
普段の瀬良は誰にでも愛想がいいが、実は誰も内側までは寄せ付けないようなとっつきにくさがある。
本音と建て前と言えば語弊があるかもしれない。でも、そんな雰囲気はずっと感じていた。
今の瀬良は、アルコールのせいか、いつもは笑顔の仮面の下にきれいに隠している本音が駄々洩れ状態のようだった。
嫉妬心むき出しの声と横顔に、小さくため息を漏らした。