恋は、二度目のキスのあとで―エリートな彼との秘密の関係―
この旅館には立派な中庭があり、それは中庭に面している一階の廊下から存分に眺めることができるのだけれど、座ったベンチの前は一面ガラスになっていて、ライトアップされた庭がよく見えた。
白い玉砂利に、綺麗に整えられた植木、今はまだ青い紅葉の木に、石で囲まれた池。これぞ日本庭園といった風景は普段は目にすることが少ないため、思わず見入る。
北川さんは家の設計が仕事だけど、こういう庭も好きだったりするのかな……と思いながら眺めていると、田村さんが話しかけてくる。
「こういう旅館って落ち着くよね。いつもは顧客相手に必死で気を使ってばっかりだから、温泉も、布団もリラックスできる」
ここは、フロントからもエレベーターからも少し離れた場所にあるせいか、人通りは少ない。ゆっくりと中庭が眺められるようにと、わざとここを動線にしなかったのかな……と考えながら「そうですよね」と返す。
「全部、旅館の方が気を使ってくださるから、すごく甘やかされてる気分になりますよね」
ご飯を出してくれて、食器も下げてくれて、お風呂も布団も準備してくれる。それは旅館側からしたら当然なのだろうけれど、贅沢の極みで、ここで一ヵ月暮らしたら相当なダメ人間になる自信があるほどだ。
手の中の豆乳が冷たさで主張してくるけれど、開けたら飲みきるまでここにいないとならない気がするので、部屋に戻ってから飲もうと決める。
男性社員と長い時間ふたりきりでいるのは避けたい。この間の噂が収束したばかりなのに、今度は田村さんとの噂が立っても困る。