恋は、二度目のキスのあとで―エリートな彼との秘密の関係―
『〝髪切ったんだ〟ってずっと言いたかった。長いのもよかったけど、今の髪型も似合ってる。……可愛い』
半年前、本社に異動してきた瀬良さんが、目を細めそんなことを言ってくるから余計に。
――そんな、今でも想いが残っているような目で見るのはやめて欲しい。
『なんか、話すのすげー久しぶりな感じ。千絵がずっと俺のこと避けてるから』
『……〝白石〟って苗字で呼んで。周りにおかしな誤解されたら嫌だから』
『え? あー、そっか。いいよ。俺も周りに勘繰られるのは好きじゃないし。でもふたりの時は、そんな他人行儀じゃなくても……』
『ううん。他人だから』
目を丸くした瀬良さんに『よろしくね。〝瀬良さん〟』と告げたのは、瀬良さんが異動してきた初日、駅からの帰りが一緒になったときだ。
前を歩いていた私をわざわざ追いかけて、隣に並んで笑いかけてきたのは瀬良さんの方だった。
これから同じ本社で働いていく上で、喧嘩別れしたままじゃお互いに息が詰まるからという気遣いからなのか。
それとも、あのときのことなんて何とも思っていないから、ただの幼馴染として軽い気持ちで話しかけてきたのか。
瀬良さんの気持ちは今も計れないままだ。
『他人だから』と告げた直後の、ショックを受けたような顔の意味もわからない。
もしかしたら、幼馴染という部分を否定された気がしただとかそういうことだったのかもしれないけれど……高三で別れてから今回の異動で再会するまで、顔を合わせることさえなかったくらいで、そこまで幼馴染という関係性を大事に思っていたとも考えにくい。
つまり……ますます意味がわからない。
それからはなるべく意識して帰宅時間をずらしているから、ニアミスはない。
棚に立ててある、金の淵で囲まれた鏡が私の顔を映す。
鎖骨のあたりまでの長さしかない髪の先に指を絡ませ唇をかんだ。
『にきびできてるから嫌だってば』
『いいじゃん。俺しか見てないんだから。ほら、可愛い』
私の下ろした前髪を、ちょんまげみたいに手でひと掴みにして笑う瀬良さんの明るい声が耳の奥に残っていて、胸がズクズクと痛みだす。
もう、六年も七年も前のことなのに、キラキラした思い出は未だ私を捕らえて離してくれない。
付き合っている頃、瀬良さんが〝可愛い可愛い〟と執拗に褒めていた奥二重の丸い目も、薄い唇も、今は思い切り歪んでいた。