恋は、二度目のキスのあとで―エリートな彼との秘密の関係―
「白石、モデルハウスに忘れ物とかあった? 今、手帳を忘れたっていうお客様から電話が入ってるんだけど」
十七時半、受話器を片手に聞いてきた柿谷先輩に首を振る。
「いえ。特になかったかと……一応、確認してきましょうか?」
今日、最後に見回ったのは私だ。
きちんと見回ったつもりだけど、絶対になかったかと確認されうなずけるほどの自信はない。
私の申し出に、先輩は片手を顔の前に立て「ごめんね」と謝る。
「お願いしていい? 私、他のお客様から電話が入る予定なの。黒い皮のコミック本サイズの手帳だって」
「了解です。ちょっと行ってきます」
手帳なんて小さなものだし、ソファのクッションの間や他の家具の下なんかに入り込んでいる可能性もなくはない。
今日、最後に来られたお客様はお子さん連れだった。そのとき出したおもちゃに混ざったりしているのかもしれない。
色んな可能性を考えながら席を立ち、鍵を持ちモデルハウスに向かう。
六月に入ったばかりだというのに、十九時の空には若干だけど明るさが残っている。
梅雨入りしたけれど、晴れた日はもう夏の気配がする。接客業だから仕方ないとは言え、また冷房の強さに悩まされる日々の始まりか……と思いながらモデルハウスの鍵を開けた。
空は真っ暗ではないものの、さすがに無人のモデルハウスに入るのはちょっとだけ怖い。広さがあるから余計だろう。おっかなびっくり照明をつけて回る。
「黒い皮の手帳……」
まず先に向かったのはリビング。ソファのクッションを全部持ち上げてみても、ソファ自体を少し持ち上げて下を覗いても、手帳らしきものは見つけられない。
「色が赤だったらなぁ」
シックな色合いのこの家のインテリアに、黒の小物は溶け込みすぎる。
家具の下をライトで照らしても、おもちゃがしまってあるケースをひっくり返してみても、手帳は出てこない。
けれど、お客様が立ち入るスペースなんて決まっているし、物を落とすような場所なんて他に思いつかない。
とりあえず、モデルハウス内をもうひと回りしてみたけれど結局手帳は見つけられなかった。