恋は、二度目のキスのあとで―エリートな彼との秘密の関係―
「なにそれ。俺への当てつけでそういう男と付き合ってるってこと? で、その次は北川さん? 北川さんも真面目そうだもんな」
「……浮気されるのが嫌だったら、絶対に浮気しないような真面目なひとに惹かれるのは普通でしょ」
心臓がドクドクうるさい。
触れられたくない過去に強引に踏み込まれ、怖くて逃げだしたくなる。
――〝そこ〟は、まだ傷だらけの場所だ。
はやく話を切り上げてここから離れたい。だから怯んでいることを必死に隠して「戻るからどいて」と言うのに、瀬良さんは通せんぼするみたいに立ったままだった。
睨むように見上げた私を見た瀬良さんは、まるで見せつけるように大きなため息を落としたあとで言う。
「あのさ、言っておくけど浮気しない男なんかいないから」
「……もういいから、どいて」
「俺だって別に、千絵に飽きたとか嫌いになったとか、間違ってもそんなんじゃないし。ずっと……その、あれだし」
言いにくそうにする瀬良さんが、なにを言いたいのか。
心臓が異常なほどの速さで動くせいで、考えることさえできない。
ただ、混乱するばかりの自分を制御するだけで精一杯だった。
呼吸が苦しい気がする。
心臓の動きも、おかしい。
「あの時のは、ただ誘われて……っていうか、脅されたに近いんだよ。モデルの先輩だったし親も業界で力を持ってる人で、断ったら仕事に響くのがわかってたから、それで仕方なく……だって千絵だって俺がモデルやってるの喜んでただろ。〝すごいね〟ってよく褒めてたじゃん。だから俺だって必死に――」
「もういいから……っ!」
無意識に叫んでいた。
誰が相手でもこんな大声を出したことがなくて、モデルハウスに響いた声に、自分自身で少し驚く。
はぁ……と自分を落ち着かせるように息をつきながら「もういいから……もう、やめて」と、静かに告げる。
ただ話しているだけなのに、息がきれていた。