死神列車は、記憶ゆき



自宅へ着いてからの私は、なんとなくお昼ご飯を食べる気にもなれず、制服のまますぐさまベッドに仰向けになり、ボーッと無機質な天井を眺めていた。

お母さんは週五日看護師のパートをしていて、今日も十九時頃まで仕事で家にはいない。

一人ぼっちの空間はとても静かで、私が小さく呼吸をしている音だけを拾う。学校での一人と、ここでの一人。比べるまでもなく、今の方が何倍も心地いい。

私はゆっくりとまぶたを伏せた。

脳裏に浮かぶのは、私をいじめている彼女らの顔ばかり。思い出したくもないのに、ふとしたときに彼女たちの存在を感じてしまう。そして、どうしようもない息苦しさを覚えた私は、毒を吐き出すように何度も荒い呼吸を繰り返すのだ。

手足に冷たさを感じ、(のち)に顔までもが痺れてくる。目の前のものが霞み始め、意識が一瞬飛びそうになったのを自覚し、ああ、またか、と頭の隅で思った。

間違いなく、これは過呼吸の症状だろう。もう両手では足りないほど過呼吸を起こしてきた私だから、すぐに分かった。ベッドサイドに置いていた小袋に咄嗟に手を伸ばし、それを自分の口に当てる。

すると袋は音をたてて膨らんだりしぼんだりを繰り返し、数分そうしているだけでいくらかは意識を正常に取り戻すことができた。

「……おさまったかな」

まだ顔の痺れは残るものの、たどたどしく喋れるくらいには回復したみたいだ。慣れたくもないのに、すっかり過呼吸時の対応にも慣れてしまったなあと苦笑する。

私が過呼吸を起こすのは、決まって一人のとき。クラスメイトの前やお母さんの前では、自分でも知らず知らずのうちにストッパーをかけているのかもしれない。そのストッパーを唯一外せるのが、きっと一人の時間なのだろう。

私はもう少し呼吸を落ち着けられるように、寝転んだままでゆっくりと深呼吸を繰り返す。

気付かないうちに涙が滲んでいたみたいで、目の端から一粒の滴が流れ落ちた。

「……つらい、なあ」

涙と共に溢れたのは、紛れもない、私の本音。

「しんどいなあ。いつになったら、落ち着いて学校に通えるようになるんだろう。新学期になったら、みんな私に挨拶してくれるようになったりしてね」

なんて、ありもしない未来を想像して、言葉にしてみるけれど。

「そんなわけ、ないか」

すぐに撤回せざる終えなかった。

だって、何がどうなったってあり得ない。きっと私のことを助けてくれる誰かが現れてくれない限り、私へのいじめはこれからもずっと続いていく。

そのことが、幸せな未来よりも先に安易に想像できてしまったから。


< 5 / 30 >

この作品をシェア

pagetop